2006年3月20日 (月)

ソーシャル・サービス・メーカー

「福井JCはソーシャル・サービス・メーカーへ」
これ、当方が理事長を務めさせていただいたとき(2005年)のスローガンです。
どこかで見たことがあります?

そうです、本年度の地区協議会でも
「新たな社会サービス創出の担い手となり、実現しよう!北陸信越の真の自立」
と唱えておりますが、語句の違いはあっても根本はまったくもって同じであります。

なぜ、こんなタネ明かしをしてしまうのかと言いますと、先日の3月度ブロック会長会議の講師講演により、いよいよ日本JCも2年後に迫った公益法人制度改革に対し、一定の方向性を見出し、スタンスを明確にし始めたからであります(最終的にはっきりするにはもう少々時間がかかりますが)。

当方は、理事長時代は福井JCが、そして地区会長の本年は5ブロック・北陸信越地区協議会が、社会に貢献し、それぞれ活動領域で価値を生み出し続けるために、組織の向かう先をしっかり再定義する必要性を認識していました。

社会から必要とされる組織になるのか、それとも自分たちが必要とする組織になるのか、「ソーシャル・サービス・メーカー」も「新たな社会サービス創出の担い手」も、いずれも前者を志向しようという意味ですが、これまでは、まぁそのような考え方もあるかなぁという風に、「理事長はこう言っている」「会長のような考え方も出来る」と、組織の公益性を相対化することもできなくはありませんでした。

しかしこれからは、法律という制度によって「公益性」という名のフィルターがかけられることとなり、社会から必要とされる公益組織になるのか、それとも自分たちが必要とする一般組織になるのか、その性質が絶対化されてしまいます。

公益組織でないと、公益事業ができないか...。そんなことはありません。しかし、公益組織は公益事業しかできなくなるので、二つの組織はその差が明白になってくるのです。

「私、北陸信越地区、福井ブロック協議会、社団法人福井青年会議所の開発と申します。」JCでよくある自己紹介あいさつの一例です。
これまで社団格があろうとなかろうと、JCとしての志には峻別はなく、それ故事業領域や事業内容に大差はありませんでした。

これが、「公益社団法人○○青年会議所の××です。」というのと、
一般社団法人○○青年会議所の・・・」というのと、
(法人格のない)○○青年会議所の・・・」というのでは、LOMの前段に付く組織の種類で、どんな組織で、どんな事業をやっているのか、およそ特性が似通って来るでしょうし、どんなLOMなのかおよそ想像がついてしまいます。

ならば、JCすべてが公益社団法人でなければならないかというと、そうとは思いません。

しかし、公益社団格を持てば、会費を寄付金とすることも出来、税制面での優遇措置を得られたり、その信用から広く行政・企業・市民から寄付金を募ったりということが可能となります。欧米に比べ寄付という行為がなかなか定着しないわが国で、これを気に寄付・寄進が一気に広まることも考えられ、JCでもより影響力のある事業を展開することが出来るでしょうね。

公益社団格を獲得するためのハードルは高いですが、LOM規模の大小が制約条件ではありません。北陸信越地区のJAYCEEの皆様。いま一度、ご所属のLOMの向かう先をメンバー同士でお話合いいただかなければなりません。

LOMの主権、伝統、未来を尊重し、日本JCでは「こうあるべき」と特定の法人格を押し付けることもしないつもりです。ご不明の点があれば、何なりと協議会事務局へお尋ねください。

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2006年3月18日 (土)

日銀の強大な権力

またもや更新が遅れてしまいました。
「便りのないのは良い知らせ」ではなくて、あまりに更新がないと消息を質(ただ)されることが多いらしいので、頑張って書いてみたいと思います。

少し古い話ですが、消費者物価指数が対前年比で2ヶ月連続でプラスに転じたことを受け、日銀が5年間続いた量的緩和政策を解除する方針を決定しました(3月9日)。

通常、経済を成長・安定させるために、国家機関が取ることのできる政策は3つあると言われています。
1.財政出動───公共事業の積み増しや前倒しで政府自らがお金を市中に流す
2.規制緩和───新しい需要や供給を生み出す
3.金融政策───金利の上げ下げやお金の流通量をコントロールする
このうち、政府が取ることのできる政策は、上記1と2だけであって、3は日本銀行に委ねられています。

国民が経済の成長・安定を切に望んだとします。国民は、自ら選び意を投影した国会議員から成る政府が、しかるべき政策を講じてくれることを当たり前ですが期待するでしょう。
しかし、取ることのできる3つの選択肢のうち、いかに政府とはいえ、全てをまかなえる訳ではないことにあらためて着目しなければなりません。

日本銀行は、日銀法によってその自主・独立性が担保されており、政府からの圧力・干渉を受けることなく、業務を遂行することができます。

つまり、時に政府の意向に反する意思決定が可能なほど、日本銀行はとてつもない強大な権限を持っているのです。そして、この日銀のトップ=総裁は、総理大臣のように民主的なプロセスで選ばれたヒトが就くのではなく、事実上日銀の中で選ばれたヒトが就くことになっています(日銀法改正で、総裁人事は衆参両議院の承認案件になりました)。
さらに、いったん任に就いたら、5年間は解任されることはありません。

確かに、国家経済の命運を握る中央銀行が、特定の権力者の私利私欲によって、恣意的にコントロールされては危険です。ただし、中央銀行自身が、権力者として暴挙を犯すこともあってはならないことであります。

日銀法では、その目的に、
1)お金の発行
2)通貨および金融の調節
3)信用秩序の維持
を掲げています。しかし、この中には雇用維持や経済成長は謳われていません。
すなわち、日銀は、企業が倒産して外資に乗っ取られようが、職を失ってローンや借金を払えずに自殺するヒトが3万人を超えようが、正直、知ったこっちゃないのです。

極論を恐れずに言えば、倒産や失業よりも信用秩序を維持することの方が、日銀の使命としては重いということです。そして、日銀のこうしたスタンスが影響して、「失われた十数年」と言われる未曾有の不況がなかなか終止符を打てないのではないでしょうか。

今回の緩和措置が、本当に国民の生活を豊かにするものになるのか、私たちはしかと注視をしていく必要があるでしょう。

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2006年3月 1日 (水)

前原キンダーガーデン

昨日の永田議員の会見を見て、余りにも憤慨し、前回からの続きを書きとめるつもりでしたが、是非ともこの件について触れさせていただきたいと思います。

誤解していただきたくはないために申し上げますが、当方もJAYCEEとして、特定の政党に与する類の発言をするつもりはありません。しかしながら、一連の騒動が国民の代表である国会議員による、不様な醜態の連続であることを鑑みて、敢えて早計に甘んじて当方の考えを開陳させていただきたいと思います。

突然ですが、憲法第51条では、国会議員に「発言・表決の無責任」が認められております。すなわち「両議院の議員は、議員で行った演説、討論、又は表決について、院外で責任を問われない」とされております。

当方はマスコミなどで報道されている内容が、別件で容疑者となったIT経営者またはその企業から、与党の大物議員の子弟宛てに、利益供与を意図する「金銭授受の事実」があったかどうかではなく、その証拠の一部とされる「メールの真贋」に関心が偏っていることに、ずっと疑問を感じていました。

当方がこの大物議員であったと仮定し、かつ金銭授受の事実が本当に無かったとすると、反対政党の要職として然るべき謝罪要請を断固として行うのが筋だと思いますし、ましてや自分の子である一私人の名誉を著しく傷つけたことに対し、名誉毀損の損害賠償を請求するのが親としては当然の顛末だと思うのです。いかがでしょうか?

しかし、与党も当の大物議員も、「メールが本物である証拠を提出せよ」という主張に終始するのみで、嫌疑を否定すべく口角泡を飛ばすこともなく、ましてや大物議員やその子弟からしかるべき訴訟が起こされたりはしませんでした。すわ、ともすると、これは金銭授受の事実はあったかもしれない。
与党の対応を見ていると、そう思わせるに足る様子が伺えました。

ただ、これは当方の浅学の為せる業であることが判明します。それが先の国会議員の特権に関係して来るのです。つまり、国会議員が国民の代表として存分に活躍してもらえるよう、国会では最大限の言論の自由が保証されているというのです。さらに言えば「他人の名誉・プライバシーを侵害する責任を含め、議員の議会内における言論に基づく一切の法的責任を免除(判例)」されるのだとか。安藤運専、いろいろと教えてくれて有難う。

な、なるほど...。言ったもん勝ち...というか、言ったことでいちいち責任を問われることはないという訳ですね。
ならば、くだんの大物議員や与党が、しかるべき法的手続きに入らなかったことも理解できますし、提出証拠の真贋という実体あるモノにだけ執着してああだこうだと言い合うのは、至極当たり前だとも言えます。

で、昨日の会見を迎えた訳です。
民主党執行部はメールについては贋物、金銭授受の事実もないと発表しましたが、永田議員はいまだに自身のHPにおけるアップを取り下げないように、事実はあったかのように言及しています。大物議員と子弟に対しては一応の謝罪があったものの、総理の弁ではありませんが、自分がメールの真贋を見極められなかった間抜けモノであることを認めただけで、誰に謝罪したいのかさっぱり分からない内容でした。

これには拍子抜けです。実際に事実があったと推定される根拠がメール以外にもあるのなら、「発言・表決の無責任」権限を駆使して、堂々と国会の場で追及し続けるべきです。国会の場なら許されるんですから。口座番号や銀行名の追及についても、国政調査権を持ち出すまでも無く、粛々と信念を持ってやるべきであると思います。『事実があったと推定される根拠が他にもある』ことがあくまで前提ですが。

そして、事実が無根であったなら...。これは、土下座をしてでも謝罪をしなければなりません。大物議員は政治家ですからまだしも、その子弟に対してはガセどころか、濡れ衣を着せた訳ですから、これは誠心誠意謝罪する必要があります。また、嫌疑をかけられたIT経営者・企業関係者には、一言も謝罪の言葉がありませんでしたが、彼らこそ本当の被害者だと言えるかもしれません。永田議員が会見で彼らに対する配慮を欠いていることに、彼の政治家としての資質の無さを感じざるを得ないのです。

自分が間違っていたら襟を正してきちんとお詫びをする。こんなことは社会の一般常識であり、今回の一件が衆目を浴びただけに、永田議員ならびに民主党は、余計モラルに関しては徹底して遵守すべきでなかったのでしょうか。

このどちらでもない永田議員の会見に、「こんな(レベルの)ヒトが東大出で大蔵省から鳴り物入りして代議士になったヒトなんだぁ」というような、国民の代表たる国会議員全般の資質に関してまでも疑念を抱かせるような寂寥感がありました。

・果たして金銭授受の事実はあったのか
・なかったとすれば、私人に濡れ衣を着せた国会議員の責任はどうなのか
・IT企業経営者、その企業への適切な対応は為されるのか
一連の問題が、うやむやにならないことを願います。

そして、国会議員の発言については、強大な権限が与えられており、だからこそ慎重に使われるべきであることを、私たちは知っておく必要があるでしょう。

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2006年2月27日 (月)

人口減少は地方にとってチャンス?

コメントを寄せていただいた地区ACP提案委員会にご出向の角谷幹事に、ブログ本文でお返ししたいと思います。

急にやる気が出てきたと言わないでください。ただ、トピックが関連しているので、新しい日付を刻んだ今、再度更新させていただきます。

昨年の福井ブロック会員大会にて、角谷ブロック委員長(当時)により、日本政策投資銀行の藻谷浩介氏の講演が分科会として提供されました。私にとって(というか、全ての聴講者にとって)驚くばかりの事実&データのご呈示があり、中でも、
「皆さんは、地方よりも東京の景気が回復しているから、東京をうらやましいと思ってらっしゃるかもしれないが、これから大変なのは、むしろ東京の方であり、大都市ほど高齢化が進んでいくんです。」
というお話は、耳に焼き付いております。

前回引用した松谷明彦氏と同じ、政策研究大学院大学教授で人口減少問題のもう一人の大家、藤正巖氏も、「人口減少や高齢化について、問題意識の高い地方よりも、都市部の方が影響が大きい」と言っておられます。

というのも、人口密度が高い都市部ほど高齢化率は上昇し、「人口密度が1キロ平方メートルあたり3,200人以上の都市は、高齢化率が(平均の)2倍に、75歳以上の後期高齢化率は2.5倍に増加する」からだそうです。

一方、人口密度の低い地方では、すでに「高齢化ショック(急激な高齢化と若者の流出)」が織り込まれ済みで、今後も人口構造は急変することがないと予測されており、生産年齢人口の急激な減少や急激な高齢化は起こらないとしています。

先の松谷氏は、東京圏の高齢者人口を2000年の482万人から、2030年には890万人まで増加すると予測していますが、高齢化による働き手不足を、地方からの若者流入でカバーしようにも、肝心の日本全体で若者の数が減っているために、到底、生産年齢人口の減少を上回ることはできないのだとか。

つまりは、働き手が劇的にいなくなり、働か(け)ないヒトが劇的に増えるという点で、都市部の経済の方が、言い換えれば都市部の個人所得の低下の方が、相当心配だというのです。
これは、昨年の藻谷氏が講演で触れた内容と同じであります。

では、将来の北陸信越地区5県では、向こう30年でどれくらい働き手が減少し、個人(県民)所得がどのように推移するのでしょうか?

その辺のデータを含め、次回以降ご披瀝申し上げたいと思います。

続きます...。

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2006年2月26日 (日)

人口減少社会は怖くない?

ご無沙汰を致しております。

ここ数日、「海外にでも行っているのか」「オリンピック観戦で寝不足か」など、ブログをサボっていたので、さまざまな憶測を呼んでいるようです。

もちろん、本当にサボっていた訳でも何でもありませんが、ブログの影響大を鑑み、これまでのご披瀝申し上げた内容につき、再度検証を行っていたものとご拝察ください...。一種の充電期間ということで...。以後、気をつけます。m(__)m

さて、私が地区会長方針で使用した「縮む社会」というフレーズですが、これは2004年度の経済・社会著述家ナンバーワン(by 日経ビジネス)に選ばれた松谷明彦氏(政策研究大学院大学 教授)から拝借したものです。

松谷教授によると、人口減少によってGDP(労働生産性×労働者)は、労働者が減少するため、2008年をピークにマイナス成長(右肩下がり)に転じる見込みであるとのこと。
さらに、GDP減の必然として、個別の企業の売上高も低下して行くことが想定されますが、人口減少による売り上げ減は殆どの企業で計画段階の前提とされるので、設備や社員数など企業規模も然るべく縮小され、適正なレベルまで調整されて、長期的には利益率はそれほど低下しないと予測できるそうです。
結果、日本経済の規模は15%縮小されるが、労働人口はそれ以上の19%減っていくので、資本ストック(設備投資)に回らない資金(設備投資しようという企業がないため)の行く宛もないところから、賃金(所得)は上昇していくはずだと言うのです。

企業も何とかやって行けるし、働く人たちは収入減を心配しないで良いということで、題して、「人口減少社会は怖くない」と唱えられておいでなのですが、実は私はこの「適正なレベル」までの「調整」に大変な不安を抱いております。

将来の日本経済が、個別企業の売り上げ減の前提の基にしか成立しないのであれば、いきおい設備・機械・建設業など企業の積極投資を下支えし、国家の屋台骨として経済全体の30%を未だに占めているこれら産業に大打撃を与えるのではないか。その裾野・関連産業を含めれば、調整の過程で切り捨てられる中小企業が相当数出るのではないか。そう考えられてならないからであります。

それに、私たちは既に、企業が競って技術開発や設備投資を行って、技術先進国としてこんにちの日本が確固たるポジションを手に入れたことを実感しています。企業はそれぞれに切磋琢磨の中、「せめてこれくらいの売上高は何とかなるはずだ」という必死の願いを込めて挑戦を重ねてきたはずですが、これが「(人口減少による売り上げ減で)何とかならない」ということであれば、企業や業界、はたまた産業全体の活気にも影響が必至なのではないかと考えもします。

松谷教授の処方箋は、とどのつまり「投資財産業(重工業、機械、建設など)」から「消費型産業(消費財、サービス業など)」へのパラダイム変換だということですが、これこそ、ホンマかいなであります。いま現在、消費財をせーいっぱい作っても、モノ溢れで誰も買わないから難しい世の中になっている訳ですし、中国やインドで安い労働力が供給され続ける限り、サービスの価格も上がる訳がありません。私のような素人でも、何じゃこりゃ?と言った感じです。

結局は、学者のもっともらしい御説が...。ということで、私にはやっぱり「人口減少社会が怖くてならない」のです。

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2006年2月17日 (金)

ブログの成果?

最近、移動が多かったため、HPに時間を掛けてアクセスできる機会がなく、更新が遅れてしまいました。

さらに、ブログの環(わ)が地区内で相当に広がっていますので、私自身閲覧者として、ブロガーの皆さんの書き込み&コメントにあらためて目を通させていただきました。

しかし、沢山の方々のブログがネットワークで繋がることは素晴らしいことであり、一つひとつ丁寧に見せていただきましたが、すべてを拝見するとなると相当の時間がかかることが判明...。閲覧いただいているメンバーの皆さんも、老婆心ながら毎日ウォッチするのは大変なのでは?と思いつつ、こうしてまたアップをさせていただいておることにご容赦を願います。

そして、このブログの成果と言っていいのでしょうか?日本政策銀行の方が私を訪ねていただき、本年度の地区事業ならびに地区内LOM事業に対し、お手伝いできることがあれば、ぜひ協力したいというお申し出をいただきました。

日本政策投資銀行といえば、地域政策に情報と慧眼を持たれ、年に数百回の講演を重ねていらっしゃる藻谷 浩介氏がご所属であり有名ですが、氏をはじめとし、これまで個別の機会でさまざまなお世話をJCに対していただいていることはご存知かと思います。今回はより発展的な政策・情報のアドバイザーとして、お力添えをいただくことができそうです。

もちろん先方としても、構造改革の影響をモロに受ける当事者として、ご自身たちの活動領域を拡充したい意図はおありかと思いますが、地区・ブロック・LOMとしては、より高い次元での地域課題の抽出のためには、願ったり叶ったりのパートナーであると思います。

正式なアドバイザー契約を交わした訳ではありませんが、地区事務局を窓口として地区内LOMのさまざまなご要望に対し、先方への打診を行わせていただきます。

ご関心のあるLOMの方々におかれましては、どんなことでも結構です。まずは事務局へ問い合わせされてみてはいかがでしょうか。

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2006年2月14日 (火)

自治体破綻法制を研究しよう

竹中総務相は、私的懇談会「地方分権21世紀ビジョン懇談会」において、自治体の破綻法制の整備について現実化への取り組みを始めました(2月10日)。

この破綻法制では、財政難に陥った自治体を民間企業の民事再生法と同じように財政再建させるスキームとして、注目を浴びています。

興味深いのは、懇談会の委員(大阪大 大学院 本間教授)が、新制度が創設された暁には、自治体が自主的に発行した地方債(借金)がかさんで債務不履行に陥ってしまった場合、発覚前の4年間にさかのぼって(選挙で首長が選ばれた期間を考慮)、その自治体の管理職職員・議員・住民に債務返済を要求することを盛り込むべきだと主張していることです。

というのも、民事再生法のような「再建法」では、最終責任は「意思決定に関わったすべてのヒト」に存するという大原則があるためで、これが債務者が放棄を要請する対象債権を選ぶことのできる「調停」との違いだということであります。
間違いありませんでしょうか、安藤運営専務?

つまりこの制度によると、最終的には増税によって、地域の住民に破綻責任の負担が課せられる可能性を否定できません。

さらに面白いのは(場合によっては面白くないのは)、自分の住んでいる自治体の財政が相当ヤバいと気がついてしまい、破綻前に他所へ引越しすることに成功した場合でも、破綻の原因となった地方債を発行してから償還するまでの時期に転出したヒトに対し、「転出税」を課すことまで、ちゃーんと視野に入れていることです。
す、す、凄過ぎる...。逃げられないという訳ですな。

破綻の認定方法や自治体が地方債を発行する際には住民投票を義務付けるなど、いろいろと考えて行かなければならないことが多いようですが、この懇談会では法令としての明文化を目指していく方向のようであります。

「三位一体の改革」の中身である「地方への権限委譲」には、地方債を自治体の判断(と責任)で発行できる制度も含まれるとのことですが、その制度確立までの10年間を猶予期間として、国はそろりそろりと地方債への債務保証を見直していくらしいです。

これを聞いて、本当に国はもう地方の面倒は見ないんだなぁと実感させられました。だって、返済能力に乏しい財務状態にない自治体には、地方債は発行するなと言っているに等しいんですもん、これって。

さぁ、皆さん。皆さんの自治体の地方債残高と返済能力をきちんと確認しましょう。そして、この自治体破綻法制について、JCでしかと研究していきましょう。

しかし、この制度が本当に創設されれば、ローカルマニフェスト型選挙が影を潜めるくらい、住民参加が見込まれるでしょうねぇ...。

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2006年2月13日 (月)

福井ブロック協議会 全体会議へお邪魔しました

福井ブロック協議会 第一回全体会議へお邪魔させていただきました。

詳しい内容は、福井ブロック協議会のHP木下会長のブログにお任せするとして、最後のブロックへのご挨拶伺いも、福井ブロック内理事長様方との懇談の機会を頂戴しました。

特に今回はご当地ということもあり、木下会長のご支援で理事長様方にはご無理を申し上げてのご参画であったとお伺いしておりますが、福井県の置かれている状況、政府の地方政策の今後、また厳しい環境下におけるJCの使命を、ぜひ危機感を持って共有させていただきたかったため、当方より懇談会開催を打診させていただいたものでございます。どうかご容赦を賜りますようお願い申し上げます。

「明るい豊かな社会」の実現を活動地域で志すLOMにとって、「地域の課題から発露しないJC運動はあり得ない」ことが言えると思います。

しかし、「地域の課題」と簡単に申し上げても、これを探し出すことが容易いことではないことは、皆さんが最もご案内のところでしょう。事業構築の慣用句となっている「市民のニーズ」にしても、どんな「市民」のどんな「ニーズ」なのか、すわ定義をすることとなれば、大変難しい作業になってくることと思います。

思考錯誤してみると、自分が課題だと思っていたことが、実はまったくそうではなかったり、課題探しに没頭しているだけで、あるべき課題に対する当事者意識が欠けていたりと、地域課題を発端とするJC運動を展開するはずの私たちが、意外にも、地域課題の抽出には難儀をしているというパラドックスの実態があるように思います。

昨日の全体会議では、すべての理事長様が「地域に価値を生み、地域から信頼されるLOMを目指す」と明言されておいででした。だとすれば、LOMにおいて、メンバー一人ひとりが、「課題抽出能力」とも称すべきスキルを身に付けていなければなりません。

「課題抽出能力」と聞けばエラそうですが、何のことはない「シャバの感覚」です。現実をしたたかに見つめる力さえあれば、時間とコストをどれくらいかけるべきか、それを誰に対して誰が行うのか、世間一般の当たり前の理(ことわり)を意識することで、大概の課題は見えてくるものです。というか、現実に裏づけされない課題なぞ、単なる絵空事でしかありません。

「生み出す価値にこだわる」本年度の福井ブロック協議会と10LOMが、地域の課題に真正面から取り組まれ、力強い成果を培われんことを祈念して止みません。もちろん地区協議会も皆様方のご支援を精一杯させていただく所存であります。

ともに頑張って参りましょう!

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2006年2月10日 (金)

松井会長のブログ

盟友、富山ブロック協議会の松井会長が、いよいよ重い腰を上げて(?)ブロガーとして登場されました。

高岡JC土門(つちかど)理事長が、早速にコメントを寄せておいでですが、ホント、理事長の仰せの通り「松井ワールド」一色で、相当にクラクラ来ます(もちろんいい意味でです)。

私も勇気を出してコメントの一つでも餞(はなむけ)に...。と思うのですが、まったく手足が出せません。

富山ブロック協議会の本年度のスローガンは、「正しく生きよう!」であります。
ヒトが生きていく上で、何をもって「正しい」と判断すべきなのか、その基準の定義は大変難しいところではありますが、松井会長のブログを拝見していると、難しい理屈をこねるよりも、自分自身がいま現在生きていることの喜びを、素直に感謝することが大切で、それが「正しい」ということなのではないかと思わせて下さいます。

荒唐無稽な独りよがりの押し付けではなく、松井会長のロジックは、その実、素晴らしく巧みであり、転換期にあるJC運動、もしくはJCの存在そのものに新たな切り口をもたらすことと思います。

今後のブログの充実にご期待申し上げております。

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2006年2月 9日 (木)

景気回復のココロ

昨日から日経新聞では「勢い増す日本経済」と題して、景気回復の実態をデータや事象で紹介する特集が始まりました。

「日本経済」と銘打たれても、もはや全国一律で物事を語れる時代ではないですし、特に当方周辺の福井という地域では、今ひとつ景気回復の実感に乏しいところではありますが、株なんぞどこででも買える訳ですから、持ってさえいれば少しは恩恵に預かれるという意味では「全国的に」なのかもしれません。

そこで、私は経済学者でも大企業の経営者でもありませんが、敢えて大胆に予測してみたいと思います。これから数年、私たちが実感できるくらいの景気回復が確実に見込まれることでしょう。

なぜそんなことを思うのでしょうか?

実は面白いデータがありまして、世代年齢ごとに「今、追加的に100万円の収入があったら何に使うか」という問いかけに対する回答調査があります。国の調査です。

20代から30代半ばまでは、すべてを使い込まずに、部分的に貯金に回します。50代以降は老後の蓄えや借金の返済で、やっぱり一部を貯金(借金返済も経済学的には貯金と同じ)してしまいます。

しかし、30代半ばから40代半ばまでの世代は、住宅や車の購入、教育・養育費など世代的にお金を使わなければならない要件が多く、「すべてを使い切る」か、40代前半では「120万円(収入以上に借金してでも)使う」という結果が出ています。

景気回復には内需の裏づけが必要です。しかし、人口比率において、貯金する・借金返済するという世代の比率が多ければ、収入以上に消費されることはありません。その逆に借金してでも使うという世代の比率が多くなれば、自ずと内需は拡大します。

ちょうどJCのコアである、私たちの世代は、団塊ジュニア世代と言われています。この世代で最も人口のボリュームを持つ年齢帯は71~75年生まれだそうです。この年齢帯では毎年200万人が生まれており、およそ1000万人が、「お金を使う世代」に突入してくるのです。

バブル景気も、金利安だ、円高だとして原因を経済政策に求める節があったようですが、85年といえば、2007年に大量定年退職を迎える団塊世代が、ちょうど「お金を使う世代」に差し掛かかっていたタイミングであり、単に内需が拡大したから景気が良くなったのではないかということが最近の理屈だそうです。

ですから、「景気回復のココロは?」と聞かれれば、私は「団塊ジュニア世代の消費性向」に原因を求めます。しかしながら、来る好景気に浮かれて、地方の自立という本懐を失わないようにしたいものです。

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