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2006年2月27日 (月)

人口減少は地方にとってチャンス?

コメントを寄せていただいた地区ACP提案委員会にご出向の角谷幹事に、ブログ本文でお返ししたいと思います。

急にやる気が出てきたと言わないでください。ただ、トピックが関連しているので、新しい日付を刻んだ今、再度更新させていただきます。

昨年の福井ブロック会員大会にて、角谷ブロック委員長(当時)により、日本政策投資銀行の藻谷浩介氏の講演が分科会として提供されました。私にとって(というか、全ての聴講者にとって)驚くばかりの事実&データのご呈示があり、中でも、
「皆さんは、地方よりも東京の景気が回復しているから、東京をうらやましいと思ってらっしゃるかもしれないが、これから大変なのは、むしろ東京の方であり、大都市ほど高齢化が進んでいくんです。」
というお話は、耳に焼き付いております。

前回引用した松谷明彦氏と同じ、政策研究大学院大学教授で人口減少問題のもう一人の大家、藤正巖氏も、「人口減少や高齢化について、問題意識の高い地方よりも、都市部の方が影響が大きい」と言っておられます。

というのも、人口密度が高い都市部ほど高齢化率は上昇し、「人口密度が1キロ平方メートルあたり3,200人以上の都市は、高齢化率が(平均の)2倍に、75歳以上の後期高齢化率は2.5倍に増加する」からだそうです。

一方、人口密度の低い地方では、すでに「高齢化ショック(急激な高齢化と若者の流出)」が織り込まれ済みで、今後も人口構造は急変することがないと予測されており、生産年齢人口の急激な減少や急激な高齢化は起こらないとしています。

先の松谷氏は、東京圏の高齢者人口を2000年の482万人から、2030年には890万人まで増加すると予測していますが、高齢化による働き手不足を、地方からの若者流入でカバーしようにも、肝心の日本全体で若者の数が減っているために、到底、生産年齢人口の減少を上回ることはできないのだとか。

つまりは、働き手が劇的にいなくなり、働か(け)ないヒトが劇的に増えるという点で、都市部の経済の方が、言い換えれば都市部の個人所得の低下の方が、相当心配だというのです。
これは、昨年の藻谷氏が講演で触れた内容と同じであります。

では、将来の北陸信越地区5県では、向こう30年でどれくらい働き手が減少し、個人(県民)所得がどのように推移するのでしょうか?

その辺のデータを含め、次回以降ご披瀝申し上げたいと思います。

続きます...。

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2006年2月26日 (日)

人口減少社会は怖くない?

ご無沙汰を致しております。

ここ数日、「海外にでも行っているのか」「オリンピック観戦で寝不足か」など、ブログをサボっていたので、さまざまな憶測を呼んでいるようです。

もちろん、本当にサボっていた訳でも何でもありませんが、ブログの影響大を鑑み、これまでのご披瀝申し上げた内容につき、再度検証を行っていたものとご拝察ください...。一種の充電期間ということで...。以後、気をつけます。m(__)m

さて、私が地区会長方針で使用した「縮む社会」というフレーズですが、これは2004年度の経済・社会著述家ナンバーワン(by 日経ビジネス)に選ばれた松谷明彦氏(政策研究大学院大学 教授)から拝借したものです。

松谷教授によると、人口減少によってGDP(労働生産性×労働者)は、労働者が減少するため、2008年をピークにマイナス成長(右肩下がり)に転じる見込みであるとのこと。
さらに、GDP減の必然として、個別の企業の売上高も低下して行くことが想定されますが、人口減少による売り上げ減は殆どの企業で計画段階の前提とされるので、設備や社員数など企業規模も然るべく縮小され、適正なレベルまで調整されて、長期的には利益率はそれほど低下しないと予測できるそうです。
結果、日本経済の規模は15%縮小されるが、労働人口はそれ以上の19%減っていくので、資本ストック(設備投資)に回らない資金(設備投資しようという企業がないため)の行く宛もないところから、賃金(所得)は上昇していくはずだと言うのです。

企業も何とかやって行けるし、働く人たちは収入減を心配しないで良いということで、題して、「人口減少社会は怖くない」と唱えられておいでなのですが、実は私はこの「適正なレベル」までの「調整」に大変な不安を抱いております。

将来の日本経済が、個別企業の売り上げ減の前提の基にしか成立しないのであれば、いきおい設備・機械・建設業など企業の積極投資を下支えし、国家の屋台骨として経済全体の30%を未だに占めているこれら産業に大打撃を与えるのではないか。その裾野・関連産業を含めれば、調整の過程で切り捨てられる中小企業が相当数出るのではないか。そう考えられてならないからであります。

それに、私たちは既に、企業が競って技術開発や設備投資を行って、技術先進国としてこんにちの日本が確固たるポジションを手に入れたことを実感しています。企業はそれぞれに切磋琢磨の中、「せめてこれくらいの売上高は何とかなるはずだ」という必死の願いを込めて挑戦を重ねてきたはずですが、これが「(人口減少による売り上げ減で)何とかならない」ということであれば、企業や業界、はたまた産業全体の活気にも影響が必至なのではないかと考えもします。

松谷教授の処方箋は、とどのつまり「投資財産業(重工業、機械、建設など)」から「消費型産業(消費財、サービス業など)」へのパラダイム変換だということですが、これこそ、ホンマかいなであります。いま現在、消費財をせーいっぱい作っても、モノ溢れで誰も買わないから難しい世の中になっている訳ですし、中国やインドで安い労働力が供給され続ける限り、サービスの価格も上がる訳がありません。私のような素人でも、何じゃこりゃ?と言った感じです。

結局は、学者のもっともらしい御説が...。ということで、私にはやっぱり「人口減少社会が怖くてならない」のです。

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2006年2月17日 (金)

ブログの成果?

最近、移動が多かったため、HPに時間を掛けてアクセスできる機会がなく、更新が遅れてしまいました。

さらに、ブログの環(わ)が地区内で相当に広がっていますので、私自身閲覧者として、ブロガーの皆さんの書き込み&コメントにあらためて目を通させていただきました。

しかし、沢山の方々のブログがネットワークで繋がることは素晴らしいことであり、一つひとつ丁寧に見せていただきましたが、すべてを拝見するとなると相当の時間がかかることが判明...。閲覧いただいているメンバーの皆さんも、老婆心ながら毎日ウォッチするのは大変なのでは?と思いつつ、こうしてまたアップをさせていただいておることにご容赦を願います。

そして、このブログの成果と言っていいのでしょうか?日本政策銀行の方が私を訪ねていただき、本年度の地区事業ならびに地区内LOM事業に対し、お手伝いできることがあれば、ぜひ協力したいというお申し出をいただきました。

日本政策投資銀行といえば、地域政策に情報と慧眼を持たれ、年に数百回の講演を重ねていらっしゃる藻谷 浩介氏がご所属であり有名ですが、氏をはじめとし、これまで個別の機会でさまざまなお世話をJCに対していただいていることはご存知かと思います。今回はより発展的な政策・情報のアドバイザーとして、お力添えをいただくことができそうです。

もちろん先方としても、構造改革の影響をモロに受ける当事者として、ご自身たちの活動領域を拡充したい意図はおありかと思いますが、地区・ブロック・LOMとしては、より高い次元での地域課題の抽出のためには、願ったり叶ったりのパートナーであると思います。

正式なアドバイザー契約を交わした訳ではありませんが、地区事務局を窓口として地区内LOMのさまざまなご要望に対し、先方への打診を行わせていただきます。

ご関心のあるLOMの方々におかれましては、どんなことでも結構です。まずは事務局へ問い合わせされてみてはいかがでしょうか。

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2006年2月14日 (火)

自治体破綻法制を研究しよう

竹中総務相は、私的懇談会「地方分権21世紀ビジョン懇談会」において、自治体の破綻法制の整備について現実化への取り組みを始めました(2月10日)。

この破綻法制では、財政難に陥った自治体を民間企業の民事再生法と同じように財政再建させるスキームとして、注目を浴びています。

興味深いのは、懇談会の委員(大阪大 大学院 本間教授)が、新制度が創設された暁には、自治体が自主的に発行した地方債(借金)がかさんで債務不履行に陥ってしまった場合、発覚前の4年間にさかのぼって(選挙で首長が選ばれた期間を考慮)、その自治体の管理職職員・議員・住民に債務返済を要求することを盛り込むべきだと主張していることです。

というのも、民事再生法のような「再建法」では、最終責任は「意思決定に関わったすべてのヒト」に存するという大原則があるためで、これが債務者が放棄を要請する対象債権を選ぶことのできる「調停」との違いだということであります。
間違いありませんでしょうか、安藤運営専務?

つまりこの制度によると、最終的には増税によって、地域の住民に破綻責任の負担が課せられる可能性を否定できません。

さらに面白いのは(場合によっては面白くないのは)、自分の住んでいる自治体の財政が相当ヤバいと気がついてしまい、破綻前に他所へ引越しすることに成功した場合でも、破綻の原因となった地方債を発行してから償還するまでの時期に転出したヒトに対し、「転出税」を課すことまで、ちゃーんと視野に入れていることです。
す、す、凄過ぎる...。逃げられないという訳ですな。

破綻の認定方法や自治体が地方債を発行する際には住民投票を義務付けるなど、いろいろと考えて行かなければならないことが多いようですが、この懇談会では法令としての明文化を目指していく方向のようであります。

「三位一体の改革」の中身である「地方への権限委譲」には、地方債を自治体の判断(と責任)で発行できる制度も含まれるとのことですが、その制度確立までの10年間を猶予期間として、国はそろりそろりと地方債への債務保証を見直していくらしいです。

これを聞いて、本当に国はもう地方の面倒は見ないんだなぁと実感させられました。だって、返済能力に乏しい財務状態にない自治体には、地方債は発行するなと言っているに等しいんですもん、これって。

さぁ、皆さん。皆さんの自治体の地方債残高と返済能力をきちんと確認しましょう。そして、この自治体破綻法制について、JCでしかと研究していきましょう。

しかし、この制度が本当に創設されれば、ローカルマニフェスト型選挙が影を潜めるくらい、住民参加が見込まれるでしょうねぇ...。

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2006年2月13日 (月)

福井ブロック協議会 全体会議へお邪魔しました

福井ブロック協議会 第一回全体会議へお邪魔させていただきました。

詳しい内容は、福井ブロック協議会のHP木下会長のブログにお任せするとして、最後のブロックへのご挨拶伺いも、福井ブロック内理事長様方との懇談の機会を頂戴しました。

特に今回はご当地ということもあり、木下会長のご支援で理事長様方にはご無理を申し上げてのご参画であったとお伺いしておりますが、福井県の置かれている状況、政府の地方政策の今後、また厳しい環境下におけるJCの使命を、ぜひ危機感を持って共有させていただきたかったため、当方より懇談会開催を打診させていただいたものでございます。どうかご容赦を賜りますようお願い申し上げます。

「明るい豊かな社会」の実現を活動地域で志すLOMにとって、「地域の課題から発露しないJC運動はあり得ない」ことが言えると思います。

しかし、「地域の課題」と簡単に申し上げても、これを探し出すことが容易いことではないことは、皆さんが最もご案内のところでしょう。事業構築の慣用句となっている「市民のニーズ」にしても、どんな「市民」のどんな「ニーズ」なのか、すわ定義をすることとなれば、大変難しい作業になってくることと思います。

思考錯誤してみると、自分が課題だと思っていたことが、実はまったくそうではなかったり、課題探しに没頭しているだけで、あるべき課題に対する当事者意識が欠けていたりと、地域課題を発端とするJC運動を展開するはずの私たちが、意外にも、地域課題の抽出には難儀をしているというパラドックスの実態があるように思います。

昨日の全体会議では、すべての理事長様が「地域に価値を生み、地域から信頼されるLOMを目指す」と明言されておいででした。だとすれば、LOMにおいて、メンバー一人ひとりが、「課題抽出能力」とも称すべきスキルを身に付けていなければなりません。

「課題抽出能力」と聞けばエラそうですが、何のことはない「シャバの感覚」です。現実をしたたかに見つめる力さえあれば、時間とコストをどれくらいかけるべきか、それを誰に対して誰が行うのか、世間一般の当たり前の理(ことわり)を意識することで、大概の課題は見えてくるものです。というか、現実に裏づけされない課題なぞ、単なる絵空事でしかありません。

「生み出す価値にこだわる」本年度の福井ブロック協議会と10LOMが、地域の課題に真正面から取り組まれ、力強い成果を培われんことを祈念して止みません。もちろん地区協議会も皆様方のご支援を精一杯させていただく所存であります。

ともに頑張って参りましょう!

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2006年2月10日 (金)

松井会長のブログ

盟友、富山ブロック協議会の松井会長が、いよいよ重い腰を上げて(?)ブロガーとして登場されました。

高岡JC土門(つちかど)理事長が、早速にコメントを寄せておいでですが、ホント、理事長の仰せの通り「松井ワールド」一色で、相当にクラクラ来ます(もちろんいい意味でです)。

私も勇気を出してコメントの一つでも餞(はなむけ)に...。と思うのですが、まったく手足が出せません。

富山ブロック協議会の本年度のスローガンは、「正しく生きよう!」であります。
ヒトが生きていく上で、何をもって「正しい」と判断すべきなのか、その基準の定義は大変難しいところではありますが、松井会長のブログを拝見していると、難しい理屈をこねるよりも、自分自身がいま現在生きていることの喜びを、素直に感謝することが大切で、それが「正しい」ということなのではないかと思わせて下さいます。

荒唐無稽な独りよがりの押し付けではなく、松井会長のロジックは、その実、素晴らしく巧みであり、転換期にあるJC運動、もしくはJCの存在そのものに新たな切り口をもたらすことと思います。

今後のブログの充実にご期待申し上げております。

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2006年2月 9日 (木)

景気回復のココロ

昨日から日経新聞では「勢い増す日本経済」と題して、景気回復の実態をデータや事象で紹介する特集が始まりました。

「日本経済」と銘打たれても、もはや全国一律で物事を語れる時代ではないですし、特に当方周辺の福井という地域では、今ひとつ景気回復の実感に乏しいところではありますが、株なんぞどこででも買える訳ですから、持ってさえいれば少しは恩恵に預かれるという意味では「全国的に」なのかもしれません。

そこで、私は経済学者でも大企業の経営者でもありませんが、敢えて大胆に予測してみたいと思います。これから数年、私たちが実感できるくらいの景気回復が確実に見込まれることでしょう。

なぜそんなことを思うのでしょうか?

実は面白いデータがありまして、世代年齢ごとに「今、追加的に100万円の収入があったら何に使うか」という問いかけに対する回答調査があります。国の調査です。

20代から30代半ばまでは、すべてを使い込まずに、部分的に貯金に回します。50代以降は老後の蓄えや借金の返済で、やっぱり一部を貯金(借金返済も経済学的には貯金と同じ)してしまいます。

しかし、30代半ばから40代半ばまでの世代は、住宅や車の購入、教育・養育費など世代的にお金を使わなければならない要件が多く、「すべてを使い切る」か、40代前半では「120万円(収入以上に借金してでも)使う」という結果が出ています。

景気回復には内需の裏づけが必要です。しかし、人口比率において、貯金する・借金返済するという世代の比率が多ければ、収入以上に消費されることはありません。その逆に借金してでも使うという世代の比率が多くなれば、自ずと内需は拡大します。

ちょうどJCのコアである、私たちの世代は、団塊ジュニア世代と言われています。この世代で最も人口のボリュームを持つ年齢帯は71~75年生まれだそうです。この年齢帯では毎年200万人が生まれており、およそ1000万人が、「お金を使う世代」に突入してくるのです。

バブル景気も、金利安だ、円高だとして原因を経済政策に求める節があったようですが、85年といえば、2007年に大量定年退職を迎える団塊世代が、ちょうど「お金を使う世代」に差し掛かかっていたタイミングであり、単に内需が拡大したから景気が良くなったのではないかということが最近の理屈だそうです。

ですから、「景気回復のココロは?」と聞かれれば、私は「団塊ジュニア世代の消費性向」に原因を求めます。しかしながら、来る好景気に浮かれて、地方の自立という本懐を失わないようにしたいものです。

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2006年2月 8日 (水)

家庭の崩壊

竹村会長@石川ブロック協議会のブログに、「子ども達の発想」というタイトルがあり、寄せられたコメントを含めて興味深く拝見しました。

誤解を恐れず申し上げれば、今の日本の家庭は、既に崩壊してしまっています。

ここでそう言うのは、息子が引きこもりだとか、娘が援助交際しているだとか、夫婦が家庭内別居だとか、そういう一昔前の「積木崩し」のような状態というのと、ちょっと違った意味においてです。

家庭というものが持つ根本的機能が、もはや現状では失われつつあることに、気が付かなければならないと思っています。

そもそも家庭とは、人間が食い扶持を得るために、モノを作ったりサービスを生み出したりする「生産現場」でした。農家では、もちろんお米や農作物を作るために家族全員が力を合わせて生活していましたし、戦後の一般家庭では、夫が主に外で働き妻がその補佐をすることで、家庭の典型が定着しました。

家庭が「生産現場」である限り、自分たちでできることは自分たちがやらないと、思うような成果が上がりません。構成員の全員が力を合わせる方が、より大きな成果を得られることも明らかです。ここでは家族が皆、強固に結束することが必然的に起こり得ます。

しかし、今の家庭は違います。ホリエモンの言うとおり、家庭で行われているほとんどのことは、お金を払いさえすれば賄えるようになってしまいました。

コンビニに行けば食事にあり付けます。お母さんの手料理は必要ありません。伴侶がいなくても独身のままで暮らしていけます。
塾に月謝を出せば、子供のしつけもしてもらえます(心の教育を「売っている」塾もあります)。
介護保険料を払えば、親の面倒を「誰かに」頼むことも可能です。

このように、家庭は「生産現場」から、お金を払ってモノやサービスを買う「消費現場」に転化し、家族の結束が必要のない社会を作り出してしまいました。

普通、資本主義社会では、お金を払うヒトがエライことになっています。そのため、お金を払いさえすれば、しかるべき対価を得るのは当たり前であり、対価に満足がいかなければ、文句が言えます。

私も、子供の教育や親の看護の問題で、学校や病院にクレームを付けているヒトの話を聞いたことがあります。そこには、自分の身内の世話を他人に任せているという謙虚さや感謝はありません。お金を払ってサービスを買っているんだという「消費者の権利」を主張する姿があるのみです。

与謝野晶子が、痛烈な風刺を言っています。
「人が親となることは、親となる資格を備えている人という制限を越えない範囲で望ましいことである。」

私たちも「家庭を持つ資格」について考える必要があるかもしれません。

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2006年2月 7日 (火)

日本21世紀ビジョン

先日、2月度の地区役員会議で、初めてご紹介させていただきました「日本21世紀ビジョン」ですが、皆さんから相当の反響をいただいています。

この本は、小泉首相が構造改革の推進役として強力なリーダーシップを取れるよう、有識者の声を集めるために作られた経済財政諮問会議の中間答申をまとめたものです。

実は、この本が興味深いのは、内閣府が発行する政府の刊行物であるにも関わらず、日本の将来を大胆に描き、かつ構造改革が機能しなかった時の最悪のシナリオを用意しているところです。

このシナリオは、文中では「避けるべきシナリオ」と書かれており、現段階では忌避可能な「最悪事態のシミュレーション」として書かれています。しかしながら読者には、既に起こっている現実を正しく投影した政府の「言い訳の口実」にしか見えないため、「健全な危機感(文中より)」を国民に抱かせるために「あえて提起する(同じく文中より)」という、意図した方向にはまったく誘導されない、トンデモ本となっています。

その中のいくつかを引用しますと、
○高齢化に伴い家計貯蓄率は低下し、家計貯蓄に依存した資本形成は次第に困難となる。海外から直接資本調達できる限られた優良企業以外は国内の資本不足に直面し、民間投資が停滞する。
○将来の世代に負担が先送りされ、財政赤字の放置、政府債務残高の更なる累増が生じることになれば、財政運営に対する信認が失われ、国債価格の急落(長期金利の急上昇)が生じる。
○円に対する信認も失われ、長期金利上昇にもかかわらず外国への資本逃避が起こる。こうした財政破綻による経済危機は避けなければならない。
○経済が停滞し縮小する中で、いったん不安定な低賃金雇用に陥ると、そこから脱出することが難しくなる。再挑戦する機会が乏しく、格差が固定化される。
○意欲の喪失や社会の分断が生じ、他人に対する無関心が増したり社会のルールが軽視される。社会に庇護されたまま努力を放棄した人々の割合が増える。

いかがですか?文中、そのままの写しですよ、これ(文中、下線もそのまま引用)。

私は、これを目にして、これまで「健全な危機感」を抱いていて、「よし頑張らねば」と思っていたのが、却って深刻なものへと変わってしまいました。

いくつかのブロック協議会では、役員の皆さんにお目通しいただくためにご購入されるとか。ぜひ、一人でも多くの方々が、この本を手にして「危機感」を共有していただくようお願いしたいものです。

ただ、あまり売ってないんですよね、何故か...。

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2006年2月 6日 (月)

THINK

ルイス・ガースナーという人物をご存知の方も大勢いらっしゃることと思います。
IBMの中興の祖と言われているヒトであり、初の社外招聘CEOとして、いわゆる「大企業病」に罹り経営が傾いていた90年代初頭のIBMを、見事に立て直した実績を持っています。

当時のIBMの社員と言えば、ダークスーツにホワイトシャツがトレードマークだったとか。世界に冠たるコンピューター企業としての名声をほしいままにしていた同社では、あたかも社員皆が官僚のように振舞っていたということです。

それが、新興の日本企業やインターフェースに長けたマックなどの猛追を受け、さらにマイクロソフトの台頭でハードメーカーの優位性が薄れてきたころ、「巨象」と称された同社も、機動力の欠如から収益性を失い、その巨体をもてあますようになってきました。

そんな時、コンピューターとはまったく無縁の外部(RJRナビスコ)から、IBMのCEOに就いたのが、ガースナーです。

彼は、閉塞感に苛まれた社内の風土を改革するために、ちょっとした工夫をしたと言います(今回ご紹介するのは、彼の経営手腕のほんの些細な一部です)。

それは、IBMの商品であった「THINK Series」をなぞり、社内のすべての電話、メモなどのステーショナリーに「THINK(考えよ)」というロゴを入れまくったというのです。

惰性に流されるのではなく、他者に追随するのでもなく、批判や陰口をたたかずに、とにかく自分で、自分の力で考え、創造性のあるアイデアを生み出そうというキャンペーンのために、社員がいつでも「THINK」という文字に触れるようにしたのです。

皆さんは、JCにおいて、どんな会議や委員会を展開されているでしょうか?

会議・会合に出席する中で、惰性に流され、人目を気にし、そのくせ自分を棚に上げて評価を下してばかりいる自分がいたら、それは危険信号です。

実は、今年の地区協議会では、この「THINK」あふれる会議・会合を行えるよう努力をしています。新しい私たちの取り組みにご期待いただきたいと思います。

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2006年2月 5日 (日)

富山ブロック協議会 全体会議へお邪魔しました

昨年の大雪を髣髴とさせる自動車事故(61台の玉突き事故:心より被害者の皆様にお悔やみ申し上げます)が、富山県内北陸自動車道で起こった今日、富山ブロック協議会 第1回全体会議へお邪魔させていただきました(縁起でもない始まりで申し訳ありません(^^ゞ)。

富山ブロックでは、松井会長をはじめ会員会議所の理事長様方にご好意を賜り、慌しいスケジュールの中、昼食懇談会を設けていただきました。

ここでは、もはや当方だけでなく、地区協議会すべての役員の語り草にもなっております、地方とJCの危機について、その課題の共有を図るべく、ざっくばらんにお話をさせていただきました(と言いましても、当方が話す時間が多くて、9LOMの理事長様方には申し訳ありませんでしたが<(_ _)>...。)。

3日の日経新聞の一面には、今後の新発国債の金利上昇リスクを踏まえて、都銀・地銀の国債保有離れが進んでいるという記事が載っていましたが、これを取り上げ、いよいよ地方には厳しい時代が押し迫っているという現実を確認し合う機会とさせていただきました。

金利上昇は、地方経済にとって打撃となるだけでなく、既発国債(約900兆円)の価格下落を意味し、インフレ状況下における円安を引き起こす可能性があります(当方の過去ブログをご参照)。こうなってしまえば、厳しい財政事情から、いきおい国は地方に対しあからさまな自主・自立を要請して来ることでしょう。

今後ますます地方では、地域の社会サービスを、効果的・効率的に供給することのできる主体の存在が求められることになると思います。

その社会サービスの担い手に、JCがなれるかどうか...。なれる可能性があったとしても、あと数年のうちに成り代われるかどうか...。私たちの正念場が、すぐそこにやって来ています。

富山ブロック協議会の理事長様方は、一様にこの事態を受け止めていただき、一県一JCの精神で団結してこの難関に立ち向かっていただけるものと信じています。

ともに活路を見出して参りましょう!皆様のご意見をどしどしいただければと思います。

肝心の全体会議ですが、松井会長をはじめブロック内役員・出向者の皆様、各LOMの理事長様をはじめ役員の皆様の、今年に懸ける熱意を目一杯いただくことができました。

正しく生きよう!

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2006年2月 3日 (金)

表参道ヒルズのプレオープンに行って来ました

昨日、ある文化人の方と東京でご一緒する機会があり、偶然にも表参道ヒルズのオープニングセレモニーにお邪魔させていただきました。

正確には、その文化人の方がご招待に預かられており、有難いことに同行招待者として闖入叶ったのです(こんなこと公開していいのでしょうか?)

館内に入って驚いたのは、有名人の数、数、数...。政財、芸能文化と石を投げれば有名人に当たるほど沢山の有名人を見かけることができました(といっても、私をお連れいただいた方も、とある有名人なのですが)。

館内を散策しておりますと、セレモニーが始まり、プロジェクト企業の代表である森ビル社長のあいさつがありました。

あいさつが終わりに近づいた頃、会場内を往来していたヒトの波が停滞を始め、いつしかそこかしこが通行止めに。

建物はスパイラル状になっていて、セレモニー会場そのものは、ちょうどすり鉢の“底”のような場所で行なわれており、お店や通路ははそのすり鉢の“ふち”にあたる場所にある訳です。

どんな有名人であろうと、招待客はその“ふち”のスロープにスタンディングで待たされており、あまりのお客さんの数に、館内のすべてのスロープがヒトで一杯あふれていました。

そこで私も立ち止まり、適当な場所から「階下で何か始まるのか」と思ってその“底”を覗き込んだとたん、そこには小泉総理大臣が...。思わず、携帯を取り出して写真を撮ってしまいました。セキュリティーでヒトの往来を止めていたんですね。

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何でも、小泉総理大臣のおじいさんが、同潤会アパートに住んでいらしたとか。そんな縁でごあいさつにいらっしゃったそうですが、一国の総理大臣が、一まちづくりプロジェクトの完成披露に顔を出すなど、また表参道沿いのライティングの演出も含めて、兎に角、派手。

当日は表参道や246通りが渋滞でパンクするわ、表参道自身が路上有名人展覧会だったりしましたが、東京の力、いわば「別世界」を思い知らされた一日でありました。

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2006年2月 1日 (水)

自立を志す前に...

いよいよ今日から2月です。

皆さんのご活躍の基盤であるLOMや出向先も、本年の事業実施に向けて、大きく舵を取られていることと思います。言わば、このタイミングが正念場ですので、ぜひ力を合わせて頑張っていただければと思います。

さて、タイトルで「自立を志す前に...」と銘打っておりますが、「自立」という言葉は、小泉首相の「構造改革」の名の下に喧伝されて来たということをお気づきですか?

「構造改革」とは、「当たり前のことを当たり前のやり方で、当たり前のようにやる」(by 小泉首相)ことを意味するらしいのですが、私は、この「当たり前のこと」という言葉に、しかと着目する必要があると思うのです。

構造的に日本社会が孕んでいる都市と地方の格差、官と民の格差、大企業と中小・零細企業の格差、若者とお年寄りの格差など、さまざまな問題に対し、これまで政治は、その調整役としてあらゆる手段を講じてきました。

しかし、成熟化、高度情報化、少子高齢化という社会基盤の転化を受けて、その調整がままならなくなってきたことに、誰もが気付くようになりました。

「当たり前」ということは、誰もが知っている目の前の出来事を、ありのままに捉えるということです。

政治は、「弱者救済」という名目で、上記の対立様式で言えば、主に右辺の主体を「弱者」だと見做し、いろんな施策を打ってきました。

しかしながら、
・地方に重点的に公共投資を行ってきたが、活用されていない。
・競争力のない産業を公的に補助してきたが、却って衰退した。
・中小・零細企業向けの優遇政策も、先行きの見えない会社だけが活用している。
・1400兆円にも上る個人資産のほとんどを65歳以上のお年寄りが保有している。

など、「弱者」の甘えの構造がいっこうに改善されない、あるいは「弱者」が最早「弱者」ではなくなっているなど、これまで「当たり前」のように「弱者」だった主体を、いつまでも「弱者」扱いしていていいのか?という問題が生まれるようになってきたのです。

すなわち、「構造改革」の本質は、「弱者」に対する再定義です(もちろん、社会的弱者(障害をお持ちの方、病人など)に対しては、今後もますます福祉を充実する必要があります)。

・地方の公共事業は、一律に見直されました。
・庇護産業の公的補助は、年々減ってきています。
・政府系金融機関は、統合の上、民営化が決まりました。
・高齢者の医療費負担が増加しました。

続々と、これまでの「当たり前」が、最早そうではなくなっていることに、「当たり前」のように対応するようになりました。「弱者」に対する、「弱者の再定義」が行われています。

北陸信越地区の皆さん、皆さんのご活躍の地域(地方)は、本当に「弱者」ですか?

もしくは、地域(地方)でご活躍の皆さんご自身は、「弱者」ですか?

地方の自立を志す前に、私たちにとって、何が「当たり前」なのか、考えてみる必要があると思います。

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