« 日本21世紀ビジョン | トップページ | 景気回復のココロ »

2006年2月 8日 (水)

家庭の崩壊

竹村会長@石川ブロック協議会のブログに、「子ども達の発想」というタイトルがあり、寄せられたコメントを含めて興味深く拝見しました。

誤解を恐れず申し上げれば、今の日本の家庭は、既に崩壊してしまっています。

ここでそう言うのは、息子が引きこもりだとか、娘が援助交際しているだとか、夫婦が家庭内別居だとか、そういう一昔前の「積木崩し」のような状態というのと、ちょっと違った意味においてです。

家庭というものが持つ根本的機能が、もはや現状では失われつつあることに、気が付かなければならないと思っています。

そもそも家庭とは、人間が食い扶持を得るために、モノを作ったりサービスを生み出したりする「生産現場」でした。農家では、もちろんお米や農作物を作るために家族全員が力を合わせて生活していましたし、戦後の一般家庭では、夫が主に外で働き妻がその補佐をすることで、家庭の典型が定着しました。

家庭が「生産現場」である限り、自分たちでできることは自分たちがやらないと、思うような成果が上がりません。構成員の全員が力を合わせる方が、より大きな成果を得られることも明らかです。ここでは家族が皆、強固に結束することが必然的に起こり得ます。

しかし、今の家庭は違います。ホリエモンの言うとおり、家庭で行われているほとんどのことは、お金を払いさえすれば賄えるようになってしまいました。

コンビニに行けば食事にあり付けます。お母さんの手料理は必要ありません。伴侶がいなくても独身のままで暮らしていけます。
塾に月謝を出せば、子供のしつけもしてもらえます(心の教育を「売っている」塾もあります)。
介護保険料を払えば、親の面倒を「誰かに」頼むことも可能です。

このように、家庭は「生産現場」から、お金を払ってモノやサービスを買う「消費現場」に転化し、家族の結束が必要のない社会を作り出してしまいました。

普通、資本主義社会では、お金を払うヒトがエライことになっています。そのため、お金を払いさえすれば、しかるべき対価を得るのは当たり前であり、対価に満足がいかなければ、文句が言えます。

私も、子供の教育や親の看護の問題で、学校や病院にクレームを付けているヒトの話を聞いたことがあります。そこには、自分の身内の世話を他人に任せているという謙虚さや感謝はありません。お金を払ってサービスを買っているんだという「消費者の権利」を主張する姿があるのみです。

与謝野晶子が、痛烈な風刺を言っています。
「人が親となることは、親となる資格を備えている人という制限を越えない範囲で望ましいことである。」

私たちも「家庭を持つ資格」について考える必要があるかもしれません。

|

« 日本21世紀ビジョン | トップページ | 景気回復のココロ »

コメント

(社)金沢青年会議所の浅野哲洋です。石川ブロックの竹村ブロ長から「ブログが出来たよ」とお聞きしてから、開発地区担のブログや他のブロックのブロ長さんのブログをいつも興味深く拝見しております。誠にありがとうございます。最近のブログでは「THINK」を読んでとても感銘を受けましたし、「日本21世紀ビジョン」は竹村ブロ長からもお聞きしていましたのですが、ああいう書籍が政府から出版されていることにも驚きを憶えました。日本経済は景気回復の軌道に乗りつつあるということで、マスコミもそのような報道が多く良いムードにも思えるのですが、悪く言えば浮かれているような社会の雰囲気も感じています。ですが今の日本社会には内外とも様々な問題を抱え、決して楽観できる状況ではないということをあらためて認識し、そのような危機感の元で我々は活動しなくてはいけないと感じます。
 今回の「家庭の崩壊」はとても怖くなりました。私は独り者なのですが、家庭が消費の場になっているという今の社会の潮流に流されないようにと強く危機感を感じた次第です。
 私事ですが先日、姉妹JCである香港のハーバーJCを訪問した際、ある方のお宅に夕食に招かれました。その家庭に行くと中学校3年生の女の子と中学校1年生の男の子が、満面の笑みで玄関で我々を迎えてくれました。その家(高層マンションの一室ですが)に入ってからも部屋を案内してくれたり、食事の前に春巻きや餃子をおつまみで持ってきてくれたり、最後には外にまで出てきて見送ってくれたりでまさに「熱烈歓迎」を受けとても感動致しました。穿った見方かも知れませんが私は、日本の家庭だったらこんなに子ども達が歓迎してくれることはないのではないかと思いました。私の憶測ですが、思春期のお子さんでしたら挨拶くらいはしてくれたとしても、部屋にとじこもって出てこないのではないかと思います。香港で我々を招いてくれた家族は、家族のお客さんとして見ず知らずの言葉もろくに通じないおじさんを無垢な笑顔で向かえてくれたことが私の中で強く印象に残ってます。そういう面で香港のその素晴らしい家族に、日本の家族が見習うべきところがあるのではないかと思いました。
 与謝野晶子の痛烈な風刺もありますが、最近では親業教育というものがあることを最近知りました。これからはJCも親業教育について子を持つ親としての当事者としても考えていかなくてはいけないと思いつつ、いつか家庭を持ちたいと願う私も「家庭を持つ資格」をしっかりと身につけていきたいと思っております。 

投稿: 浅野 哲洋 | 2006年2月 8日 (水) 19時04分

浅野様
いつもお世話になり有難うございます。貴殿のような熱心で行動力のあるメンバーがいらっしゃるから金沢JCさんは活気があるのだとつくづく思い知らされます。今後ともよろしくお願いいたします。
ハーバーJCさんのお話は、ものすごい示唆に富んでいます。それは、「豊かさは道徳崩壊の根本原因ではない」ということです。
JCでも、よく「物質的には豊かになれども心は貧しくなった」という始まりで、「豊かさ諸悪の根源説」を唱える方がいらっしゃいますが、私はこれに違和感を感じていました。
またブログでも取り上げていきますが、「豊かさ」を前向きの価値として、しっかりと捉える社会にしていかないと、特に少子高齢化を迎える日本では、ますます困難な時代になってくると思います。
これからも、一緒に考え行動して参りましょう。

投稿: 開発 毅 | 2006年2月 9日 (木) 12時32分

輪島JC@石川ブロックの西浦一彦と申します。開発会長のブログは当ブロック竹村会長のブログとともにいつも楽しみにして拝読しております。
開発会長の「家庭の崩壊」というテーマのブログを拝読し、家庭だけではなく仕事やJCにもそのような危険性があるのではないか?という危機感を覚えました。当LOMの副理事長は「JCとはお金を払ってゴミ拾いをするところだ。だから素晴しい。」と常々言っている方がいらっしゃいます。資本主義社会における対価の考え方の対極にあるような言い回しですが、この極意の下もっともっと行動していくことができたらJCは「JCもある時代」から「JCじゃなくちゃという時代」にすることができますし、公益法人問題も簡単にクリアできると確信しております。本題からかなりそれてしまいましたが、家庭がしっかりしているから仕事にもJCにも頑張れると信じ活動したいと思いました。支離滅裂で申し訳ございません。

投稿: 西浦一彦 | 2006年2月13日 (月) 13時43分

西浦副会長殿
本ブログへのお励ましのコメントをいただき有難うございます。
私見ですが、ことJCメンバーのご家庭というのは、ご商売をされている方々が多いせいか、「生産現場」である傾向にあると思いますがいかがでしょうか?
実は、家庭の崩壊というのは、とどのつまり国家の崩壊を意味します。駄目な家庭ばかりだと、やはり国も駄目になります。
そうした意味で、JCメンバーが果たすべき役割は重要なのです。
今後とも、地域の家庭教育について議論を深めて参りましょう。

投稿: 開発 毅 | 2006年2月13日 (月) 20時22分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/23098/648024

この記事へのトラックバック一覧です: 家庭の崩壊:

« 日本21世紀ビジョン | トップページ | 景気回復のココロ »