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2006年3月20日 (月)

ソーシャル・サービス・メーカー

「福井JCはソーシャル・サービス・メーカーへ」
これ、当方が理事長を務めさせていただいたとき(2005年)のスローガンです。
どこかで見たことがあります?

そうです、本年度の地区協議会でも
「新たな社会サービス創出の担い手となり、実現しよう!北陸信越の真の自立」
と唱えておりますが、語句の違いはあっても根本はまったくもって同じであります。

なぜ、こんなタネ明かしをしてしまうのかと言いますと、先日の3月度ブロック会長会議の講師講演により、いよいよ日本JCも2年後に迫った公益法人制度改革に対し、一定の方向性を見出し、スタンスを明確にし始めたからであります(最終的にはっきりするにはもう少々時間がかかりますが)。

当方は、理事長時代は福井JCが、そして地区会長の本年は5ブロック・北陸信越地区協議会が、社会に貢献し、それぞれ活動領域で価値を生み出し続けるために、組織の向かう先をしっかり再定義する必要性を認識していました。

社会から必要とされる組織になるのか、それとも自分たちが必要とする組織になるのか、「ソーシャル・サービス・メーカー」も「新たな社会サービス創出の担い手」も、いずれも前者を志向しようという意味ですが、これまでは、まぁそのような考え方もあるかなぁという風に、「理事長はこう言っている」「会長のような考え方も出来る」と、組織の公益性を相対化することもできなくはありませんでした。

しかしこれからは、法律という制度によって「公益性」という名のフィルターがかけられることとなり、社会から必要とされる公益組織になるのか、それとも自分たちが必要とする一般組織になるのか、その性質が絶対化されてしまいます。

公益組織でないと、公益事業ができないか...。そんなことはありません。しかし、公益組織は公益事業しかできなくなるので、二つの組織はその差が明白になってくるのです。

「私、北陸信越地区、福井ブロック協議会、社団法人福井青年会議所の開発と申します。」JCでよくある自己紹介あいさつの一例です。
これまで社団格があろうとなかろうと、JCとしての志には峻別はなく、それ故事業領域や事業内容に大差はありませんでした。

これが、「公益社団法人○○青年会議所の××です。」というのと、
一般社団法人○○青年会議所の・・・」というのと、
(法人格のない)○○青年会議所の・・・」というのでは、LOMの前段に付く組織の種類で、どんな組織で、どんな事業をやっているのか、およそ特性が似通って来るでしょうし、どんなLOMなのかおよそ想像がついてしまいます。

ならば、JCすべてが公益社団法人でなければならないかというと、そうとは思いません。

しかし、公益社団格を持てば、会費を寄付金とすることも出来、税制面での優遇措置を得られたり、その信用から広く行政・企業・市民から寄付金を募ったりということが可能となります。欧米に比べ寄付という行為がなかなか定着しないわが国で、これを気に寄付・寄進が一気に広まることも考えられ、JCでもより影響力のある事業を展開することが出来るでしょうね。

公益社団格を獲得するためのハードルは高いですが、LOM規模の大小が制約条件ではありません。北陸信越地区のJAYCEEの皆様。いま一度、ご所属のLOMの向かう先をメンバー同士でお話合いいただかなければなりません。

LOMの主権、伝統、未来を尊重し、日本JCでは「こうあるべき」と特定の法人格を押し付けることもしないつもりです。ご不明の点があれば、何なりと協議会事務局へお尋ねください。

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2006年3月18日 (土)

日銀の強大な権力

またもや更新が遅れてしまいました。
「便りのないのは良い知らせ」ではなくて、あまりに更新がないと消息を質(ただ)されることが多いらしいので、頑張って書いてみたいと思います。

少し古い話ですが、消費者物価指数が対前年比で2ヶ月連続でプラスに転じたことを受け、日銀が5年間続いた量的緩和政策を解除する方針を決定しました(3月9日)。

通常、経済を成長・安定させるために、国家機関が取ることのできる政策は3つあると言われています。
1.財政出動───公共事業の積み増しや前倒しで政府自らがお金を市中に流す
2.規制緩和───新しい需要や供給を生み出す
3.金融政策───金利の上げ下げやお金の流通量をコントロールする
このうち、政府が取ることのできる政策は、上記1と2だけであって、3は日本銀行に委ねられています。

国民が経済の成長・安定を切に望んだとします。国民は、自ら選び意を投影した国会議員から成る政府が、しかるべき政策を講じてくれることを当たり前ですが期待するでしょう。
しかし、取ることのできる3つの選択肢のうち、いかに政府とはいえ、全てをまかなえる訳ではないことにあらためて着目しなければなりません。

日本銀行は、日銀法によってその自主・独立性が担保されており、政府からの圧力・干渉を受けることなく、業務を遂行することができます。

つまり、時に政府の意向に反する意思決定が可能なほど、日本銀行はとてつもない強大な権限を持っているのです。そして、この日銀のトップ=総裁は、総理大臣のように民主的なプロセスで選ばれたヒトが就くのではなく、事実上日銀の中で選ばれたヒトが就くことになっています(日銀法改正で、総裁人事は衆参両議院の承認案件になりました)。
さらに、いったん任に就いたら、5年間は解任されることはありません。

確かに、国家経済の命運を握る中央銀行が、特定の権力者の私利私欲によって、恣意的にコントロールされては危険です。ただし、中央銀行自身が、権力者として暴挙を犯すこともあってはならないことであります。

日銀法では、その目的に、
1)お金の発行
2)通貨および金融の調節
3)信用秩序の維持
を掲げています。しかし、この中には雇用維持や経済成長は謳われていません。
すなわち、日銀は、企業が倒産して外資に乗っ取られようが、職を失ってローンや借金を払えずに自殺するヒトが3万人を超えようが、正直、知ったこっちゃないのです。

極論を恐れずに言えば、倒産や失業よりも信用秩序を維持することの方が、日銀の使命としては重いということです。そして、日銀のこうしたスタンスが影響して、「失われた十数年」と言われる未曾有の不況がなかなか終止符を打てないのではないでしょうか。

今回の緩和措置が、本当に国民の生活を豊かにするものになるのか、私たちはしかと注視をしていく必要があるでしょう。

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2006年3月 1日 (水)

前原キンダーガーデン

昨日の永田議員の会見を見て、余りにも憤慨し、前回からの続きを書きとめるつもりでしたが、是非ともこの件について触れさせていただきたいと思います。

誤解していただきたくはないために申し上げますが、当方もJAYCEEとして、特定の政党に与する類の発言をするつもりはありません。しかしながら、一連の騒動が国民の代表である国会議員による、不様な醜態の連続であることを鑑みて、敢えて早計に甘んじて当方の考えを開陳させていただきたいと思います。

突然ですが、憲法第51条では、国会議員に「発言・表決の無責任」が認められております。すなわち「両議院の議員は、議員で行った演説、討論、又は表決について、院外で責任を問われない」とされております。

当方はマスコミなどで報道されている内容が、別件で容疑者となったIT経営者またはその企業から、与党の大物議員の子弟宛てに、利益供与を意図する「金銭授受の事実」があったかどうかではなく、その証拠の一部とされる「メールの真贋」に関心が偏っていることに、ずっと疑問を感じていました。

当方がこの大物議員であったと仮定し、かつ金銭授受の事実が本当に無かったとすると、反対政党の要職として然るべき謝罪要請を断固として行うのが筋だと思いますし、ましてや自分の子である一私人の名誉を著しく傷つけたことに対し、名誉毀損の損害賠償を請求するのが親としては当然の顛末だと思うのです。いかがでしょうか?

しかし、与党も当の大物議員も、「メールが本物である証拠を提出せよ」という主張に終始するのみで、嫌疑を否定すべく口角泡を飛ばすこともなく、ましてや大物議員やその子弟からしかるべき訴訟が起こされたりはしませんでした。すわ、ともすると、これは金銭授受の事実はあったかもしれない。
与党の対応を見ていると、そう思わせるに足る様子が伺えました。

ただ、これは当方の浅学の為せる業であることが判明します。それが先の国会議員の特権に関係して来るのです。つまり、国会議員が国民の代表として存分に活躍してもらえるよう、国会では最大限の言論の自由が保証されているというのです。さらに言えば「他人の名誉・プライバシーを侵害する責任を含め、議員の議会内における言論に基づく一切の法的責任を免除(判例)」されるのだとか。安藤運専、いろいろと教えてくれて有難う。

な、なるほど...。言ったもん勝ち...というか、言ったことでいちいち責任を問われることはないという訳ですね。
ならば、くだんの大物議員や与党が、しかるべき法的手続きに入らなかったことも理解できますし、提出証拠の真贋という実体あるモノにだけ執着してああだこうだと言い合うのは、至極当たり前だとも言えます。

で、昨日の会見を迎えた訳です。
民主党執行部はメールについては贋物、金銭授受の事実もないと発表しましたが、永田議員はいまだに自身のHPにおけるアップを取り下げないように、事実はあったかのように言及しています。大物議員と子弟に対しては一応の謝罪があったものの、総理の弁ではありませんが、自分がメールの真贋を見極められなかった間抜けモノであることを認めただけで、誰に謝罪したいのかさっぱり分からない内容でした。

これには拍子抜けです。実際に事実があったと推定される根拠がメール以外にもあるのなら、「発言・表決の無責任」権限を駆使して、堂々と国会の場で追及し続けるべきです。国会の場なら許されるんですから。口座番号や銀行名の追及についても、国政調査権を持ち出すまでも無く、粛々と信念を持ってやるべきであると思います。『事実があったと推定される根拠が他にもある』ことがあくまで前提ですが。

そして、事実が無根であったなら...。これは、土下座をしてでも謝罪をしなければなりません。大物議員は政治家ですからまだしも、その子弟に対してはガセどころか、濡れ衣を着せた訳ですから、これは誠心誠意謝罪する必要があります。また、嫌疑をかけられたIT経営者・企業関係者には、一言も謝罪の言葉がありませんでしたが、彼らこそ本当の被害者だと言えるかもしれません。永田議員が会見で彼らに対する配慮を欠いていることに、彼の政治家としての資質の無さを感じざるを得ないのです。

自分が間違っていたら襟を正してきちんとお詫びをする。こんなことは社会の一般常識であり、今回の一件が衆目を浴びただけに、永田議員ならびに民主党は、余計モラルに関しては徹底して遵守すべきでなかったのでしょうか。

このどちらでもない永田議員の会見に、「こんな(レベルの)ヒトが東大出で大蔵省から鳴り物入りして代議士になったヒトなんだぁ」というような、国民の代表たる国会議員全般の資質に関してまでも疑念を抱かせるような寂寥感がありました。

・果たして金銭授受の事実はあったのか
・なかったとすれば、私人に濡れ衣を着せた国会議員の責任はどうなのか
・IT企業経営者、その企業への適切な対応は為されるのか
一連の問題が、うやむやにならないことを願います。

そして、国会議員の発言については、強大な権限が与えられており、だからこそ慎重に使われるべきであることを、私たちは知っておく必要があるでしょう。

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